【コラム】父・森重昭とオバマ元大統領の抱擁から、今日でちょうど10年を迎えて

2016年5月27日 広島平和公園にて オバマ大統領(当時)と抱擁する 父・森重昭

本日5月27日は、私たちの家族にとっても、誠に大きな節目となる日です。2016年の今日、広島を訪れたバラク・オバマ米大統領(当時)が、被爆者であった私の父・森重昭を抱きしめたあの瞬間から、ちょうど10年が経ちました。

当時、世界中のメディアにて「歴史的な和解の抱擁」として大々的に報じられました。映像や写真で目にした方も多いかと思います。

しかし、あの抱擁の瞬間に父が流した涙は、決して自分自身の被爆者としての苦しみや悲しみだけのために流したものではありませんでした。

父が涙した本当の理由は、オバマ元大統領が演説の最中、父が40年近くにわたり孤独に進めてきた「12人の被爆米兵」の調査に、2回も直接触れてくれたことにあります。

「国籍が違えど、原爆の犠牲者に違いはない」――その思いだけで、私財を投げ打ち、誰に頼まれるでもなく、時に周囲から理解されず後ろ指を指されながらも続けてきた執念の調査でした。誰にも理解されず、たった一人で努力を続けてきたその歩みを、アメリカの現職大統領がしっかりと認めてくれた。そのことへの深い感謝と、言葉にできないほどの大きな感激が、あの涙となって溢れ出たのです。

式典の後日、父は私に向けて「お父さんはやっと認められた」と、本当に嬉しそうな笑顔で、感激の想いを隠すことなく語ってくれました。その時の父の安堵に満ちた表情を、私は今でも忘れることができません。

あの歴史的な抱擁は、父の長年の苦労が報われ、国境を越えてすべての魂が慰霊された瞬間でした。家族として今、あの言葉と涙の重みを改めて強く感じています。

今年3月、父は還らぬ人となりました。

父がこの世を去ってから初めて迎える、10年目の5月27日。父の姿はもうここにありませんが、父が遺した重いバトンは、今しっかりと私たち親子の手の中にあります。先般の玉野市での講演、そして先週5月20日の東京・婦人の友の会本部での母の活動報告と、私たちも一歩ずつ前へ進み始めています。

「まだ見ぬ長崎で被曝したオランダ兵の遺族を探し出し、最期の足跡を伝える」という父の宿題は、まだ終わっていません。

あの歴史的な抱擁から10年。私たちは単なる思い出として振り返るのではなく、父の遺志を明日からの未来へ、そして次の世代へと繋いでいく決意を新たにする日にしたいと思います。

これからも、母と共に一歩一歩進んでまいります。皆様の温かいご支援を、どうぞよろしくお願い申し上げます。

追伸)写真では分かりませんが、動画では父・森重昭もオバマ米国大統領(当時)の背中をポンポンと手で叩き感謝の意を示しています。よっぽど嬉しかったんだろうと思います。よかったら、動画検索してみてください。私も最近気がつきましした。

長男 佳昭